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リッチモンド市にある土地をめぐって、カナダの司法史上、最も長い11年という歳月をかけた裁判

リッチモンド市にある土地をめぐって、カナダの司法史上、最も長い11年という歳月をかけた裁判

こんにちは、バンクーバー、ウエストエンドの街角からお届けします。不動産エージェントの山崎直美です。

ここでは、不動産に関するニュース、私が大好きなバンクーバー ウエストエンドの不動産情報、物語や歴史、そして暮らしの エピソードを記録していきます。

国境を超えた驚きのニュース

さて、先日 カナダに住む先住民族の土地の所有についてのニュースを読み進めるうちに、先住民とカナダ政府が私たちの住むバンクーバーのすぐ隣、リッチモンド市にある土地をめぐって、カナダの司法史上、最も長い11年という歳月をかけた裁判が闘われていたことを知りました。

国境のない時代への想像

皆さんは、カナダとアメリカの国境が引かれる前から、ここに暮らしていた人たちのことを想像したことがありますか?この地には先住民族が確立した社会を作っていました。カナダにヨーロッパ人が入ってくる前から住んでいますので、普通に考えて、カナダの土地の元々の所有者は先住民族ですよね。ところが現状はそうではないんです。

剥奪の歴史:インディアン法と生活の破壊

約150年前の1876年、カナダ政府はインディアン法を制定し、先住民族から土地の権利を取り上げました。政府は彼らを小さな保留地に押し込めましたが、季節ごとに移動して暮らす彼らにとって、それは生活の基盤を失うことを意味しました。

統治の面でも、部族のリーダーたちの権限を奪い、自分たちで物事を決められない仕組みを作り上げたのです。何より残酷だったのは、文化の破壊です。子供たちは親元から無理やり引き離されて寄宿学校へ送られ、母国語や伝統を奪われました。これにより、世代を超えて続いてきた大切な文化の絆が断ち切られてしまったのです。

封じられた抵抗:1951年までの「裁判禁止」

驚くべきことに、1951年まで、彼らが土地を返してほしいと裁判を起こすこと自体が『違法』とされていました。声を上げることさえ禁じられていたのです。しかし、法が変わり、彼らはようやく失ったものを取り戻すための闘いを始めることができるようになりました。

現代の闘い:カウチン族とリッチモンドの例

その象徴的な例が、昨年判決が降りたリッチモンドの土地をめぐってのカウチン族の裁判です。彼らは島に住んでいますが、かつては海を越え、リッチモンドの土地をサケ漁の拠点として使っていました。政府が勝手に引いた境界線を越えて、彼らは今、『自分たちの歩んできた歴史』を法廷で証明しようとしているのです。

カウチン族の主張

  • 「ここは私たちのホームグラウンド」 「私たちの本拠地はバンクーバー島にあるけれど、1876年のインディアン法で閉じ込められる前は、毎年カヌーで海を渡り、リッチモンドでサケを獲り、生活していた。この土地(ガーデンシティ・ランズ)は、私たちの伝統的な領土(Traditional Territory)である。」

  • 「勝手に売るのはルール違反」 「政府がこの土地をリッチモンド市に引き渡す際、元の持ち主である私たちに一切の相談も許可もなかった。これは憲法違反だ。」という内容の訴えでした。

リッチモンド市・政府の主張(反論)として、

  • 「証拠がない」 「カウチン族がここを使っていたという記録は不十分だ。ここは他の部族も使っていたかもしれないし、カウチン族が『独占的に』支配していたとは言えない。」

  • 「今はもう別の場所だ」 「150年以上も前の話を今さら持ち出されても困る。すでに街として発展しており、今さら先住民の土地(タイトル)を認めることはできない。」としました。

裁判の核心(争点)

  • 「移動生活」をどう評価するか? カナダの法律では、土地の権利を認めるには「そこに定住し、独占的に支配していたこと」を証明しなければなりません。「季節ごとに移動する」という先住民の伝統的な暮らしが、今の法律の枠組みに当てはまるかどうかが最大の焦点でした。

謎解きの始まり:記録のない歴史をどう証明するか

でも皆さん、一つ疑問に思いませんか? 『150年以上も経って、どうやって自分たちの土地だと証明したの?』と。 実は、ここがこの裁判の最もドラマチックなところなんです。

口承の力:おじいさんの記憶と古い地図の一致

カウチン族には、私たちのような『文書による記録』はありません。彼らの歴史は、代々『口伝え』で、大切に継承されてきました。 今のカナダの法廷では、こうした先住民族の『語り継いできた歴史』を、公文書と同じ価値を持つ証拠として扱うようになっています。 彼らは法廷でこう証言しました。 『おじいさんから聞いたんだ。あそこには大きな家があって、夏になるとみんなでカヌーで海を渡り、サケを獲ったんだよ』と。 驚くべきことに、この語り継がれた内容が、実際に残っている古い地図や地形と、パズルのピースがはまるように完璧に一致したんです。おじいさんの記憶は、正しかった。

科学の証拠:地面の下に眠っていた真実

でも、政府側も黙ってはいません。『そこは昔から空き地だったはずだ』と反論します。 そこで持ち出されたのが、現代の科学の力でした。 なんと、リッチモンドの地面を深く掘り起こし、『土壌調査』を行ったんです。 すると、地中から先住民の伝統的な家が建っていた証拠である『柱の跡』が見つかりました。さらに、大量のサケの骨や、貝殻が積み重なった貝塚も次々と発見されました。 これらは、何世代にも渡ってそこが彼らの『豊かな暮らしの拠点』だったことを示す、揺るぎない物理的証拠でした。

点と線が繋がる時:ついに認められた土地の主

さらに、当時の政府高官たちの古い手紙ややり取りも掘り起こされました。 おじいさんの言葉、地中から出てきた骨、そして古い書類。 バラバラだった点と線が一つに繋がってきたのです。(とき、法廷はついに認めざるを得ませんでした。 『ここは、カウチン族の土地だったんだ』と。

2025年8月の衝撃:カナダ史上初の逆転勝訴

さて、ここからが今日一番お伝えしたい『驚きの展開』です。 2025年8月、BC州の最高裁判所で、カナダの歴史を塗り替えるような判決が下されました。 結論から言うと……カウチン族が、勝ったんです。 『えっ、でもあそこ(リッチモンド)にはもう街があるし、私たちが住んでいる場所はどうなるの?』って思いますよね。実は、今回の判決の何がすごいのか、ポイントを3つに整理しました。

ポイント1:私有地という高い壁を突き破った認定

1つ目は、『初めて個人の土地の上に先住民の権利が認められた』こと。 今までのカナダでは、すでに誰かが買っている土地(私有地)に対して、先住民が『ここは自分たちのものだ』と主張するのは、法律的にほぼ不可能だと言われてきました。でも裁判所は今回、初めてその壁を突き破ったんです。

ポイント2:150年前の政府の手続きミスを断罪

2つ目は、『政府の過去のミス』をハッキリ指摘したこと。 裁判官はこう言いました。『かつて政府がこの土地を勝手に切り売りしたのは、ルール違反(無効)だった』と。150年前、カウチン族に相談もせず進めてしまった手続きそのものが間違いだったと、ついに国が認めた形です。

ポイント3:追い出しではなく「権利の共存」という未来

3つ目は、一番気になる『これからの暮らし』についてです。 ここで裁判所は、とても新しい考え方を示しました。それは『先住民の権利と、今の私たちの所有権は、共存できる』という考え方です。 カウチン族も『今住んでいる人の家を奪うつもりはない』と明言しています。つまり、誰かを追い出すための裁判ではなく、**『消されていた自分たちの歴史に、法的なハンコを押し直してもらう』**ための戦いだったんですね。

結び:和解への大きな一歩と新しい景色

もちろん、不動産や街のルールなど、これから調整しなきゃいけない課題(不透明な部分)はたくさんあります。でも、150年も沈黙を強いられてきた人たちが、ようやく『ここは私たちのルーツだ』と胸を張って言えるようになった。これは、カナダが掲げる『和解』への、本当に大きな、大きな一歩なんです。 リッチモンドのあの広大な土地を通る時、今までとは少し違う景色が見えてきませんか?

不動産エージェントとして、私は毎日この街の家々を見て回ります。 でも、このカウチン族の物語を知ってから、地面の下に眠る何層もの歴史や、かつてそこを故郷と呼んだ人たちの声に、少しだけ敏感になった気がします。したかったニュースです。

私たちが今、この街で『暮らし』を積み重ねていけるのは、多くの歴史の先に立っているからこそ。だからこそ、今ある家や、そこで育まれる時間を、もっと大切に、誠実に扱っていきたい。そう強く感じています。

これが今回お伝えしたかったニュースです。

ウエストエンドの風は、今日も変わらず穏やかです。皆さんの今日が、誰かの歴史を尊重し、自分たちの新しい物語を刻む素敵な一日になりますように。

バンクーバー、ウエストエンドの街角から。山崎直美でした。それでは、また。